陶器館あるいは舜陶館
Posted by fische on 08/01 at 12:00 AM
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好きじゃなかった、その瀬戸に行ったのは、明治16年にできた「陶器館(舜陶館)」のことを調べるため。そうは言っても、事前調査もよくせぬままのゆきあたりばったり。「こういう組織しない調査は、スリリングで楽しかったりする」とは、知識人や芸術家の詐欺まがいのレトリック。同館のことは前から知っていたものの、くどいようだが瀬戸が好きでなかったため、調べる気も起こらなかったという次第。
当日は月曜日だったので図書館は休みだろうと思い(瀬戸市の図書館が月曜休館でないことはのちに知るところとなる)、市役所ならば市史ぐらいは閲覧できるはずと踏んで最初に向かう。市政情報コーナーで市史の資料編を閲覧、関係する箇所を複写し、つぎに産業課へ行って同館のことをたずねる。若い職員が在席するのみで用を為さず、次なる目標、観光課の所在を聞く。「瀬戸蔵」がそれだと言う。
瀬戸蔵にゆくと、市史の通史編が刊行されたばかり(!!)であること、陶器館の建物が復原されて存すること、などを教えられる。瀬戸蔵から歩いてゆける場所にあるとの由で、次に向かった先が写真の建物。「瀬戸市新世紀工芸館」の施設の一部(展示棟)となっている。傾斜地の狭隘な場所に建てられているため撮影する際の引きがとれず、さらに周囲に高い建物もあって、正面から全容を識るのは困難という立地。もともとは瀬戸蔵が建っている場所の西端あたりにあったため、広い通りと川に面し、往時はそのモダンな容姿が人々の目を惹いたことと思う。賑やかだっただろう。瀬戸蔵の職員は、これを陶器館の建物とわたくしに告げたが、実は大正3年に建てられた二代目で、明治16年の初代ではなかった。ちなみに、初代の東に隣接して二代目は建てられるのであった。
午後の短い時間ながら、だいたいのことはわかった。時間的、地理的な遠近感を得たという意味である。陶器館のことをさらに調査研究するつもりはない。そういうこと――同館の古写真をさがすとか、陳列されていた陶磁器の所在調査とか――は、郷土研究はじめ個別実証主義がになうであろう。当座のわたくしの必要に即したことがらは小文に短く書いて出稿したところで、9月末には活字になる予定。
土潤溽暑
Posted by fische on 07/31 at 05:20 PM
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去年、庭植えにしたネジバナの花芽がではじめていた。鉢植えの方はだめだったみたい。
短い夏は、急ぎ足で過ぎてゆく。
Posted by fische on 07/27 at 02:47 AM
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峠付近の、
緑深い場所にさしかかると、
白い蝶が舞っていた。
エゾスジグロシロチョウだっただろうか。
それは、群舞というほどではなかったが、
自動車にぶつかって落ちた蝶も
路上に多く認められ、
ふだんのようすと異なって見えた。
植物学者は山に入っているのだろうか。
昆虫学者は山に入っているのだろうか。
往路、
ありふれた相の林を見やりながら、
そう思っていた。
帰路、
自転車を傍らに止めた、
大きな白い捕虫網の人を見た。
わたくしがこの世にいることを知った。
気づかなかったけれど、
鉄床雲は、
きっとどこか遠くから、
こちらを見ていたはずだ。
短い夏は、
急ぎ足で過ぎてゆく。
そうだったのだ・・・。
Posted by fische on 07/23 at 12:05 AM
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物心ついてから瀬戸が好きでなかった。理由はよくわからないが、そのモノカルチャーな感じから来していたような気がする。外部に対しそのようにプロモートし、外部はそのようにみなし、わたくしもまったき外部であったということ。このコードに照らすと、わたくしの好きでない町や地域の多くの、その理由を説明することができる。そうだったのだ・・・。しかし、そのような瀬戸であっても、内部をゆけば遭遇しうる、こうしたデテールは好きである。
亡霊とトンデモ。
Posted by fische on 07/15 at 07:59 PM
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20年前の亡霊と再会したお話。どちらのブログに書こうかちょっと迷ったけれどこちらで。名古屋滞在中、自宅に届けられた本。著者からの贈呈だが、出版社が事務的に発送したもの。写真はその部分。いまはスケートリンク、その前は球場、その前はお寺の境内(後園の墓地)だったところに、かつて古墳があった。戦後のどさくさで壊されてしまったため不明な点が多く、状況証拠を用いて推測されてきた。で、この本の著者が書く、「しかし」以降後半4行。お寺の大きさにあわせて古墳がつかられたかのような弁。おお!! いったいどのようにしたら、寺にあわせて古墳をつくることができると言うのか。つくられたのは、古墳がおよそ1400年前、寺がおよそ400年前。1000年前に1000年後が見透せるという論理。タイムマシンがあったのか? はたまた宇宙人か? これすなわちトンデモ。orz
Morning Glow
Posted by fische on 07/14 at 03:43 AM
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瀬戸の木造3階建て
Posted by fische on 07/13 at 06:34 PM
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1年前のきょう、「名古屋で唯一の「木造3階建て」」という記事をポストしたので、ことしは「瀬戸の木造3階建て」を。6月21日、瀬戸に行ったときに遭遇。あるところにはあるもの。ほかに、新城市の山の中でも去年見た。傾斜地に建てられた、一方が2階、他方が3階の木造建物。これは写真を撮っていない。いずれまた。
若くして亡くなった兵士よ。
Posted by fische on 07/10 at 02:44 PM
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昨年4月におとずれて、視線が合っていたように思った兵士像。帰宅してから写真を見て気づいたこと。そのときの写真は photonest に載せてある。しかし、オート機ゆえに、ピントは微妙に彼にあっていなかった。
そしてことし6月最後の日、たずねてみた。ひとりだけ、少し向きを違えて立っている。月ヶ丘の墓地にあったときは、このような状況ではなかったのだろう。ここに移って、由来もわからなくなってしまったか、若くして亡くなった兵士よ。
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